3-2. 政府機関が目指す社会の方向性とサイバーセキュリティ課題
3-2-1. デジタル社会の実現に向けた重点計画
政府は経済財政運営と改革の基本方針で掲げているデジタル社会の実現を目指すにあたって、「デジタル社会の実現に向けた重点計画」を閣議決定しています。
日本が目指すデジタル社会について、「デジタルの活用により、一人ひとりのニーズに合ったサービスを選ぶことができ、多様な幸せが実現できる社会」と定義し、以下の6つの姿を挙げています。3
日本がデジタル社会を実現していくための政府の取組について、7つの戦略的な政策が掲げられています。7つの戦略的な政策の中では、サイバーセキュリティに関する取組も盛り込まれています。サイバーセキュリティの施策が重要視されていることを理解するため、該当の項目について説明していきます。
2.デジタル田園都市国家構想の実現
3.国際戦略の推進
4.サイバーセキュリティなどの安全・安心の確保 5.急速なAIの進歩・普及を踏まえた対応
6.包括的データ戦略の推進と今後の取組
7.Web3.0の推進
国家安全保障上の課題へと発展していく可能性のある国際情勢の変化、感染症の蔓延、自然災害などへの対応として、国民の生命・財産を守り、国民生活を維持することのできる安全・安心なデジタル社会の構築に取り組みます。
・デジタル庁はNISCと連携し、デジタル庁整備・運用システムなどの情報システム整備方針の実装を推進。
・安全保障などの機微な情報などに係る政府情報システムの取扱いを参照した利用促進。
・国際連携、サイバー事案の警察への通報促進などの取組を実施。
デジタル社会の実現に向け、6つの分野に分けて、基本的な施策が掲げられています。6つの分野における産業のデジタル化には、中小企業を対象とした施策が盛り込まれているため、その分野に焦点を当てて説明していきます。
・法人共通認証基盤(GビズID)の普及 ・事業者に対するオンライン行政サービスの充実 ・レベルに応じた認証の推進
・eKYC(electronic Know Your Customer)などを用いた民間取引などにおける本人確認手法の普及促進
・中小企業のサイバーセキュリティ対策の支援
・IT専門家との相談を受けられる体制の整備
・IT導入補助金
・取引全体のデジタル化
・会計・経理全体のデジタル化
・クラウドサービス利用やハードウェア調達の支援
・業務効率化やDXに向けたITツール導入の支援
・相談体制の強化
・情報集約・共有促進機能の強化
3-2-2. Society5.0
Society5.0は、サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会(Society)です。狩猟社会(Society1.0)、農耕社会(Society2.0)、工業社会(Society3.0)、情報社会(Society4.0)に続く、新たな社会を指すもので、第5期科学技術基本計画において我が国が目指すべき未来社会の姿として初めて提唱されました。
Society5.0では、IoT(Internet of Things)ですべての人とモノがつながり、さまざまな知識や情報を共有することによって、これまでにない新たな価値を生み出すとともに、社会が抱える課題を解決し、困難を克服できます。また、人工知能(AI)、ロボット、自動走行車などの利用によって、少子高齢化、地方の過疎化、貧富の格差などの課題も解決できるでしょう。こうした社会の変革(イノベーション)が進むことによって、希望の持てる社会、世代を超えて互いに尊重し合う社会、一人一人が快適で活躍できる社会が生まれることが期待されます。
これまでの情報社会(Society4.0)では、人がサイバー空間にあるクラウドサービスにアクセスすることで、情報やデータを入手し、分析を行ってきました。Society5.0では、フィジカル空間のセンサーから膨大な情報がサイバー空間に集積されます。サイバー空間では、この集積されたデータ(ビッグデータ)を人工知能(AI)が解析し、その結果をフィジカル空間の人間にさまざまな形で、フィードバックしていきます。今までの情報社会では、人間が情報を解析することで、価値が生まれましたが、Society5.0では、AIが解析した膨大なビッグデータの結果がロボットなどを通して、人間にフィードバックされることで、これまでに実現しなかった新たな価値が産業や社会にもたらされます。4
Society5.0におけるサイバー空間の急激な拡大は、サイバー攻撃の対象が増えることを示しています。サイバー空間とフィジカル空間の相互作用により、サイバー攻撃がフィジカル空間にも影響を及ぼす可能性が高まります。例えば、医療機器やインフラシステムなどがサイバー攻撃によって操作されたり、停止したりすると、人命や社会生活に重大な影響を及ぼす恐れがあります。
Society 5.0では、多様な人々がサービスの効果を享受できる包摂的な社会を目指していますが、そのためにはサービスの利用可能性や継続性を確保する必要があります。しかし、サイバー攻撃によってサービスが利用できなくなったり、中断されたりすると、包摂的な社会の実現に支障をきたす可能性があります。また、IoTデバイスやセンサーが収集したデータをサイバー空間で改ざんし、偽情報を拡散するといったフィジカル空間とサイバー空間の情報転送への脅威も考えられます。さらに、IoTやAIなどの技術を活用することで、大量のデータが生成されますが、そのデータは個人情報や企業情報などの重要な情報を含む場合が多く、その漏えいや改ざんによってプライバシーや知的財産権などが侵害される危険性が高まります。
また、Society5.0においては、IoTから得られる大量データの受け渡しなど、サイバー空間とフィジカル空間の融合によって新たな処理が発生します。その新たな処理がサイバー攻撃の対象となる可能性を認識すべきです。Society5.0においては、サプライチェーンも変化します。サイバー空間とフィジカル空間が融合されることで、サプライチェーンを構成する企業同士の関係が複雑につながります。その結果、サイバー攻撃の影響範囲がこれまで以上に拡大することが予測されます。
Society5.0の進展に伴い、セキュリティ対策の重要性が増し、組織や個人がより綿密なセキュリティ対策を講じる必要があります。また、サプライチェーン全体でセキュリティ対策を実施し、企業間で意識を共有することも重要です。
3-2-3. DXの推進
DXの推進における中小企業の優位性について説明します。DXとは、デジタル技術やツールを導入すること自体ではなく、データやデジタル技術を使って、顧客目線で新たな価値を創出していくことです。中小企業の中には、DXを推進し、売上高を5倍、利益を50倍に増加させた企業が存在します。中小企業ならではの優位性を理解し、積極的にDXに取り組むことで、大きく成長できる可能性があります。以下では、DXを推進する際に、中小企業の優位な点を説明します。そして、優位性を利用してビジネスモデルや企業文化などの変革に取り組んでいる企業の事例を紹介します。
産学官連携で開発された中小企業向けの共通業務システムプラットフォームを導入し、長年の業務を支えた基幹システムを刷新しました。その結果、無駄な業務や無理な計画などが判明したことに加えて、各部署のデータがつながるようになりました。これにより、各部署がそれぞれ自部署のことのみを考えていた状態から、他部署に正しいデータを流さなければならないという意識が生まれました。全社で「正しいデータ」を集める意識を持つ企業文化への変革に効果が出始めました。
顧客視点で新たな価値を創造するためには、製品やサービス、業務の変革が必要です。また、デジタル技術(IoT、ビッグデータ、ロボット、AIなど)を用いてデータを活用していくことが大切です。ここでは、デジタル技術を用いてデータを活用し、製品やサービス、業務を変革していく流れを具体的な事例と合わせて説明します。
以下は、データを活用し、業務を改革していくための手順となります。
製造現場の加工機にセンサーを設置して、機械の動作を非常に細かい間隔でデータ収集・可視化できる製品を開発しました。また、取得したデータを専門技術者が遠隔で確認し、動作不良の原因調査や製品の適切な使用方法のアドバイスを実施したり、AIによるデータ解析によって使いやすい製品の設計・開発に活用したりすることが可能となりました。
DXを推進していくことで、企業は新たな価値を創造して競争力を強化していくことができます。しかし、DXを推進することは、デジタル技術の利用を拡大することにつながり、サイバー攻撃やデータ漏えいなどのセキュリティ上のリスクが増大することにもなります。そのため、DXを推進すると同時に、セキュリティ対策も強化すること(DX with Cybersecurity)が求められることになります。
DXの推進によって、自社の製品やサービスの価値を向上させることができます。しかし、デジタル技術の活用によって増大するセキュリティ上のリスクに対応しなければ、企業の存続を脅かすインシデントが発生するかもしれません。そのため、セキュリティ対策はやむを得ない費用ととらえるのではなく、企業価値や競争力の向上に不可欠なものとしてとらえることが大切です。
DX with Cybersecurityの詳細に関しては、後述のページで説明します。