6-2. 守りのIT投資と攻めのIT投資
6-2-1. 守りのIT投資、攻めのIT投資の概要
企業のIT投資は、「守り」と「攻め」の2種類に分けて論じられることがあります。「守りのIT投資」とは、ITによる業務の効率化やコスト削減を目的としています。一方、「攻めのIT投資」とは、ITを活用した既存のビジネスの変革、新たな事業展開や新しいビジネスモデルの創出を行うことによって、新規顧客獲得、収益拡大、販売力のアップを目指すことです。IT投資に守りと攻めがあることを意識して、両者のバランスをとることが理想です。日本の企業は「守りのIT投資」に偏っていると言われているので、「攻めのIT投資」に重点を置くと良いでしょう。
ここでは、「守りのIT投資」(デジタルオプティマイゼーション)と、「攻めのIT投資」(DX)について紹介します。次に、近年特に重要性が増している攻めのIT投資に関して、具体的な実施手順を事例とともに説明します。最後に、近年注目されている主要なデジタル技術に対する取り組み方や活用方法を含めて紹介します。
(例)口頭連絡、電話、帳簿での業務
(例)社内メール、会計処理や給与計算にITを使用
(例)顧客・商品・サービス別の売上分析
(例)マーケティング・販路拡大・新商品開発・ビジネスモデル構築
6-2-2. 経済産業省のDXレポートから見る、「攻めのIT」に取り組む方針について
「2025年の崖」とは、経済産業省が平成30年に発表した「DXレポート ~ITシステム「2025年の崖」の克服とDXの本格的な展開~」にて提示されているキーワードです。このレポートでは、令和7年は、基幹系システムのサポート終了に伴う維持費の増加や人材不足の深刻化などが集中する年であると予測されています。また、こうした既存のITシステムをめぐる問題を解消しない限りは、DXを本格的に展開することは困難であると指摘しています。さらに、レポートによれば、日本企業がDXを推進できなかった場合の経済的な損失は、年間最大で12兆円に上ると算出されています。9
「2025年の崖」に陥らないための対応策
・「見える化」指標、診断スキームの構築
・DX推進ガイドラインの策定
・ITシステムの刷新
・ユーザー企業・ベンダー企業との新しい関係性構築
・DX人材の育成・確保
6-2-3. ITを活用した生産性の向上(デジタルオプティマイゼーション)
現代の市場は絶えず変化し続けており、その市場の変化に迅速に対応するため、業務を変革させ、生産性を向上させることが企業にとって重要な課題となっています。生産性を向上させるためには、ITの活用が不可欠であり、「守りのIT投資」、デジタルオプティマイゼーションがその1つとして注目されています。
業務効率化・コスト削減
デジタル技術の普及により、新たな競合他社が市場に参入し、従来のビジネスの常識が変化しています。この状況下で企業がビジネスを継続していくためには、「攻めのIT投資」によって、製品・サービスの品質向上や新規開発、ビジネスモデルの変革などを行い、企業の競争力を維持および強化することが必要です。
デジタル活用するための環境整備
DXを実現するには、データの活用が不可欠です。これまでの業務では、表計算ソフトウェアや紙を使用していたため、データを有効に活用することが難しい状況でした。しかし、守りのIT投資を行うことで、データを収集・利用する環境を整えることが可能です。これにより、将来的にDXを実施する際の障壁を低減することができます。
「守りのIT投資」には、以下のようなものがあります。
・定期的なシステム更新サイクル
・ITによる業務効率化/コスト削減
・法規制対応など
社長が就任した平成27年は、観光業・宿泊業の市場規模が拡大している時期でした。その一方、人手不足や競合ホテルの増加による清掃業務の委託費高騰など、ホテル経営が厳しい状況でした。少ないコストと労力で生産性を上げるために、アウトソーシングが一般的であった清掃業務に対してデジタル技術を活用し、内製化に取り組みました。この取組によって、お客様満足度も向上しました。
1.能力の見える化
2.清掃スキルの継承
3.最新状況の共有
清掃作業がうまい人を動画にし、具体的な手順を可視化・マニュアル化
チャットツールを使って従業員同士の清掃状況の共有
6-2-4. ITを活用した新たなビジネスの展開(DX)
業務効率化やコスト削減のためにデジタル技術やツールに投資する「守りのIT投資」に加えて、デジタル技術を用いて、ビジネスモデルを変革したり、顧客視点で新たな価値を創出したりするDXを推進させるため、「攻めのIT投資」を行うことが必要です。
ビジネス環境の急激な変化に対応するため
デジタル技術の普及により、新たな競合他社が市場に参入し、従来のビジネスの常識が変化しています。この状況下で企業がビジネスを継続していくためには、「攻めのIT投資」によって、製品・サービスの品質向上や新規開発、ビジネスモデルの変革などを行い、企業の競争力を維持および強化することが必要です。
多様化する顧客のニーズに応えるため
デジタル時代において、顧客のニーズや期待は大きく変化しています。そのため、「攻めのIT投資」によってDXを推進させ、顧客視点で新たな価値を創出し、顧客満足度を高めていくことが必要です。
「攻めのIT投資」には、以下のようなものがあります。
・新規事業の立ち上げ、事業発展
・既存製品の品質向上・新製品やサービスの開発
・ビジネスモデルの変革など
詳細理解のため参考となる文献(参考文献)
北海道でワイン製造を営む会社がDXの取り組むきっかけは、産地を細分化した高品質なワインを安定化してお客様に届け、農家にもしっかりと利益を還元したいという思いでした。従来ブドウの生産地などはアナログ作業で実施していましたが、業務をデジタル化することによってリアルタイムで管理でき、「産地細分化ワイン」を製造することが可能になりました。
結果、産地細分化ワインの増産・安定供給の実現につながりました。
6-2-5. 次世代技術を活用したビジネス展開
DXを推進していく際、ただ単にデジタル技術を導入すれば良いというわけではありません。自社の実現したいこと(将来のビジョン)から、実現に必要な課題を明確にし、その課題を解決するためにデジタル技術の活用が求められます。現在は、AI、IoTなど新しいデジタル技術が多くあります。
以下では、主なデジタル技術を紹介します。次に、デジタル技術を活用して自社の課題を解決してもらうための参考情報として、既にDXを実践している企業の事例を紹介します。
活用方法例 ・需要の予測や在庫の最適化
・不良品の自動検出
・対話型AIによる、問い合わせ対応の自動化(近年、学習したデータをもとに新しいコンテンツを生成できるAIの登場により、複雑な問い合わせにも対応可能)
活用方法例 ・生産設備にセンサーを設置し、振動データを取得し分析することで、部品の故障予知や性能維持が可能
・生産設備の稼働状況を可視化したことで、すべての拠点での生産状況をリアルタイムに把握可能
活用方法例 ・社内情報の一元管理、情報共有の利便性向上
・システムを開発・実行するためのツールや環境構築の作業の省略
・場所やデバイスに依存せずに作業の継続ができ、リモートワーカーや複数拠点のチームとの協業が可能
実際にデジタル技術を活用して課題解決、競争力の強化を実践していく際の参考として、既にDXを実践している企業が、どのようにデジタル技術を活用して自社の課題を解決し、競争力を強化しているのか紹介します。
DXの取り組んだ成果として独自アプリの開発ならびにIoT技術との連携など、顧客サポートの活性化を推進、また、ノーコードツールならびにRPAを活用し、グループ全体の業務効率化によって年間8,800時間の工数削減を実現しました。
※エバンジェリスト:公益性や中立性を重視して新しいトレンドや技術の啓蒙活動を行う。
DX担当者はITの知識があったわけではなかったので、勤務時間をすべて勉強に充てて教育しました。他の従業員にもITやDXに興味があればジョブチェンジを推奨し、ゼロの知識からでもプロのIT担当へ教育しました。DXを取り組んだ成果として、自社開発の来客予測・店舗分析システムを用いて、マーケティングなどに活用することで、売上を導入前から8.5倍まで伸びました。これから、さらなる発展が見込まれる生成AIを用いることで、より効率的な経営や運営に取り組んでいます。
チャットボットとは自動会話プログラムのことです。自動で発信・返答を行うプログラムであるチャットボットは、事前に設定したルール、選択肢などに基づいて、文字形式で利用者とコミュニケーションをとることができます。例えば、よくある質問などを設定しておくことで、お問い合わせ対応を自動で行うことができます。そしてチャットボットでは対応できない内容のみオペレータに対応させることで、人的費用を削減することができます。
生成AIの登場
生成AIとは、さまざまなコンテンツを生成することができるAIのことです。従来のAIが主にデータを分析・学習し、その結果に基づいて予測を行うのに対して、生成AIは新たなコンテンツの創造を目的として学習します。生成AIは学習量が多いため、回答の精度や質が従来のものより高く、またコンテンツの生成速度も非常に速いという特徴があります。従来のチャットボットは主にオペレータ業務のサポートなど、お問い合わせ対応に限定されていましたが、生成AIでは以下のような活用ができることが期待されています。